大手門

この記事は約1分で読めます。

戦後の町名変更で突如現れた町名。

そこで「福岡城に大手門はなかったのに東京の真似をして」という批判があがったが

もともと、大手門とは城の正門のこと。福岡城は上(かみ)ノ橋、下(しも)ノ橋の2つが大手門であった。

いざ新町名をつけるにあたり、「上ノ橋だ」「下ノ橋だ」と意見が対立してまとまらない。

それを「大手門」という名で統一した。苦心の妥協案だったわけだ。

黒田藩のころ、上、下という名付け方は、将軍家のいる江戸を中心としている。

これが城下町の上名島、下名島(今の中央区舞鶴)となると、福岡城に近いのが上、遠いのが下だった。

いつも最後までお読みいただきありがとうございます。

今後ももっと福岡・博多の情報を載せていこうとおもっております。

応援や叱咤激励も受け付けておりますので何卒宜しくお願い致します。