地行

この記事は約1分で読めます。

博多にわか

語呂合わせのようだが、地行は知行に通づる。

 

俸禄(月給)に代えて藩士に土地を与えることだ。

黒田長政は、

今の地行一帯に埋立工事を進めて、ここに平社員や嘱託クラスの武士を住まわせた。

地行に一番丁から七番丁まであったのは、当時の組屋敷の名残りで、ナンバーがついた。

 

下級武士は、質実に錦竹(きんちく)の生け垣を巡らしたから

博多っ子は「チンチクどん」とあだ名を付けたが、実はこの竹、

いざ合戦のときの鉄砲の火縄になる。

 

普段の生け垣として使い、いざという時の武器の一部

なんと昔の博多の武士は合理的な考えを持っていたと感心する。

 

いつも最後までお読みいただきありがとうございます。

今後ももっと福岡・博多の情報を載せていこうとおもっております。

応援や叱咤激励も受け付けておりますので何卒宜しくお願い致します。