春吉

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元々は、住吉神社の秋祭りから起こった。

 

昔は祭りのある旧暦10月いっぱい、広い田畑の中に交易の「市」が立っていた。

諸国から人が集まり畑を踏み荒らすので、秋作はさっぱりダメ。

だが「春作はよろしい」というので「春よし」と地名が付いた。

 

このはなしは、どうも博多にわかみたいだが、

貝原益軒の筑前国続風土記にあるので紹介すると

寛永16~17年(1639~1640)頃、2代藩主・忠之が住吉村から独立させ、足軽を住まわせた。

戦後しばらくまで春吉一番丁から七番丁まであったのは、組屋敷の名残りで地行と同じ。

 

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